土屋和男



「葉書でドナルド・エヴァンズに」(平出隆著)(作品社)
「書物つれづれ」最近読んだ本(2001/7/7 静岡新聞)



 勤務先で四年制の造形学部を開設する準備で,メディアと造形表現の関係を考えることが多い。
この分野の優れた表現者で「バザールでござーる」などを生んだ慶大教授の佐藤雅彦氏は,ある本で「私はなにかに対して常に忠実であることをとても尊いと思っている」と書いている。

 本書(作品社)はきわめて「忠実」な仕事を残した美術家ドナルド・エヴァンズの軌跡を,詩人平出隆が辿った記録である。
エヴァンズは架空の国の架空の切手を描き続けることで,蒐集することの意味や,郵便という制度を通した場所への想像力を喚起する作品をつくった。
それらの作品群に強く惹かれた平出は,亡きエヴァンズに対する思いを葉書という限られた紙面の集積によって表現した。
「切手の形式とその画面構成というきわめて限られた空間での,あなたの驚くべくも微妙な工夫の数々。」
このように書く平出の言葉は,自らもまた形式のなかに美しさを感じる者であることを表明している。

 平出はエヴァンズにまつわる様々な土地を訪ねながら,また東京郊外で病床の友人を看取りながら,葉書を書く。それぞれの冒頭に記された日付と場所は,彼はそのときそこにいたのだという遙かな思いに誘う。
私はたびたび出てくる東京郊外の地名を見て,そのころそこに向かう私鉄に乗っていたので,同じ電車に乗合せていたかもしれないという感慨におそわれた。

 本書ではまた装丁が重要である。
美術家と詩人の仕事の意味を十分に理解した画廊主によるそれは,紙やインクの選び方にも気を配り,抑制された,注意深い造本となっている。
こうして本書は本という物質を手にすることの喜び,電子メディアを通した情報では決して伝えられない実在感を伝えてくれる。
それは手紙という物質が手に落ちる感覚,電子メールでは感じられない実在感にほかならない。
本書ではその形式性,つまり書き方,つくり方ゆえの表現が,憧れの友へと宛てた文章の内容と分かち難く結びついている。



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